« ようやくあの「ぺヤングソース焼きそば」が帰って来るそうですね!! | トップページ | 関東甲信越でも梅雨入りしましたね。 »

「不動心」坂本博之さんの記事を見て思う・・・

先日にネットでか、新聞でかは忘れてしまいましたが、元ボクシング日本、そして東太平洋ライト級チャンピオンで、WBC世界ランキング1位だった「平成のKOキング」と呼ばれた坂本博之さんが福島の養護施設にボクシングを通じて、施設の子どもを励ます活動を行っていると言う記事を見かけました。

坂本博之さん・・・

彼は若き日の僕にとっては憧れた存在でもあり、又、同時に恐るべき存在でもありました。

Hiroyukisakamoto_3(坂本博之 1970.12.30生 右ファイター

元ボクシング日本ライト級、東太平洋ライト級チャンピオン

最高世界ランキング WBCライト級1位

戦績 47戦39勝(29KO)7敗1引き分け)

僕と坂本さんとの接点と言うものは直接は無いのですが、まだ若かりし10代の自分もまたボクシングに夢を馳せ、駆け出しのプロボクサーとして歩き始めた時、ほぼ同時期に坂本さんもデビュー、しかしその後、坂本さんは僕を含め凡人を置き去りに、あの厳しい世界で頂点への階段を物凄いスピードで駆け上がって行きました

デビューからKOの山を築き、スタートは僕らと同じ4回戦からだったのにも関わらず、その頃より、あのパナマの同じく強打を誇った名選手ロベルト・デュラン似せて、「和製デュラン」とか「石の拳」などと新聞の記事に書かれていた記憶があります

しかしその名に恥じず、本当に鬼神の如き強さで、新人王戦などは間近で見る機会があったのですが、顔色一つ変えず、左右の強打で相手を圧倒し、ガードの上からでももらいたくない様な物凄い左右のフック、そしてその鈍く、重いあのパンチの炸裂音は今でも記憶に残っていますし、それに心から震え上がった事を憶えております

当時、僕の階級は現在のスーパーフェザー(昔はジュニアライトと言う名称でした)で、坂本さんの一つ下の階級と近かったので、まかり間違っても階級は上げられないと思ったものでしたね(苦笑)

そんな坂本さんは僕ら同時期に4回戦からデビューした多くのボクサーにとって、「憧れ」であり、それにまた同時に「恐怖の存在」でした。

その後も破竹の連勝を続け、デビュー翌年には東日本新人王、そしてその翌年の2月に全日本新人王になり日本ランキング入り、何とその年末には日本チャンピオンだったリック吉村に挑戦、KOで破り、日本チャンピオンになります

本当にあっという間、光の速さで我々の視界からいなくなってしまいました

その後、元世界ジュニアウェルター級の王者だったファン・マルチン・コッジに初の負け(判定)を喫するも、東太平洋王者に就き、2度の防衛を果たし、いよいよ世界戦を迎えます

しかし、WBCライト級王者のスティーブ・ジョンストンに判定で敗れ王座獲得に失敗、そしてその後にジョンストンを破って王座に就いたセサール・バサンに挑戦するも、またもや判定で2度目の失敗。

そして観ていて本当に悔しかったのが、忘れもしない2000年3月に行われたWBA世界ライト級王者ヒルベルト・セラノに挑戦した3度目の世界戦ですね~。

坂本さんが初回から持ち前の豪打を炸裂!!

1Rに2度のダウンを奪うと言う最高の駆け出しで、「これは今度こそ間違いない!!」と観ている方も勝利を確信しましたが、翌2Rにセラノのパンチで右目をカット、その後5Rまで果敢に戦うも、右目の出血及び傷の状況が悪化

負傷による無念のTKO負けを喫してしまった時には本当に残念で、残念で・・・

しかし、それから約半年後、坂本さんにまたしても4度目のチャンスが巡ってきます。

それが僕も含め、多くのボクシングファンが「日本ボクシング史に残る名勝負」、「伝説の試合」と呼ぶ、坂本さんを破ったセラノをその3か月後に倒して代わって王座に就き、2階級を制覇した畑山隆則とで行われたWBA世界ライト級タイトルマッチでした。

個人的に僕は畑山さんに関しては「スター選手」と言う認識が強く、正直なところでは彼の実力を軽視していたところがあり、実際にその強さを見続けてきた坂本さんの勝利を疑いませんでした

しかし、始まってみれば実力伯仲!!

両者共に一歩も引かぬその試合はまさに「死闘」そのものでした。

畑山さんは分がある足を使って「ボクシング」をするのではないかと言う僕の浅はかな予想を裏切り、お互いに足を止めて打ち合う打撃戦「拳闘」という坂本さんの土俵と言うべき場所で勝負を挑んだのには本当に驚きました

Hiroyukisakamoto3

(この試合は本当に素晴らしかった!!)

試合開始から終始、お互いに一歩も引かない凄まじい打撃戦で、本当に一瞬も目の離せない緊迫した展開が続き、観ているこちらも息が出来なくなる様な状態でテレビの画面にかぶりついて観戦したのを憶えてもらいます

しかしそんな意地と意地とがぶつかり合う実力伯仲の試合も後半になると、徐々に畑山さんの鋭いジャブ、ストレートが当たる機会が増え、それとは逆に坂本さんの豪打が空を切るシーンが目立つようになってきます。

それでも一発で試合を決めるであろう威力を持つ坂本さんの豪打に期待を持ち続けていましたね。

そして運命の10R、畑山さんのコンビネーションを喰らい、ゆっくりと腰から砕け、マットに尻もちを着いた坂本さんを見た時は夢を見ている様でした。

そこでダウンと同時にタオルが投げ込まれ、試合が終了。

坂本さんにとっては最後の世界挑戦が幕を閉じました・・・

今迄散々、直接現場で、そしてテレビでもボクシングの試合を観てきましたが、自分が所属したジムの選手の試合以外であんなに感情的になったのは初めてでしたね。

もう本当に心から悔しくて、悔しくて・・・

何故か坂本さんが畑山さんに敗れた姿を見て、涙している自分がいたのは当時は自分自身でも不思議に思いましたね

しかし今考えてみると、恐らく勝手にも自分ではとてもじゃないが届かなかった夢を、同時期のスター、坂本さんに託していた様な気持ちになっていたのではないかと思ったりします。

そしてその後は残念ながら、坂本さんの「ボクサー」としての活躍は聞く事が出来なくなってしまいましたが、今度は坂本さんがSRSボクシングジムと言うジムを開き会長として後進の育成に励んでいる事、そして特に恵まれない子供たちの為に積極的に慈善活動をされているという事をここ数年耳にする様になり、坂本さんが第2の人生で更に大きな夢に向かって真っすぐに歩いていらっしゃる事を知りました。

そして同時に坂本さん自身が孤児として育ち、非常に厳しい環境の中で幼い弟さんを守りながら、虐待や貧困を極める壮絶ともいえる幼少期を経験し、生き抜いて来られた過去を持つ事も遅ればせながら知りました。

・・・なるほど。あんなにも心も身体も強い訳だ・・・。と納得させられました

「不動心」と言う言葉は、まさに彼の厳しかった人生から培われた「強さ」を表しているに他ならないのだと思います。

黙して語らず、しかしその背や生き様で、言葉以上の大切なものを小さな子ども達に与えるその姿が「現代のタイガーマスク」などと言わるのも頷けます

昔は憧れ、そして恐怖の存在でしたが、現在は坂本博之と言う「漢」を尊敬のまなざしで見ております

そして益々の活躍と夢の実現を信じて止みません

これからもその生き様で本当の「強さ」や「優しさ」を我々に示し続けてくれる事と思います。

ところで、この間、YouTubeで「会長のミット打ち」と言う動画を見ましたが、相変わらずのど迫力の豪打に驚きました

今でもあれを貰ったら一発で死ねますな・・・(苦笑)

西大宮カイロHP http://members3.jcom.home.ne.jp/nishi-omiya-chiro/

西大宮カイロ Facebookページ https://www.facebook.com/pages/%E8%A5%BF%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E7%99%82%E9%99%A2/1763359653890277

|

« ようやくあの「ぺヤングソース焼きそば」が帰って来るそうですね!! | トップページ | 関東甲信越でも梅雨入りしましたね。 »

ボクシング、格闘技」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「不動心」坂本博之さんの記事を見て思う・・・:

« ようやくあの「ぺヤングソース焼きそば」が帰って来るそうですね!! | トップページ | 関東甲信越でも梅雨入りしましたね。 »